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5Sプロジェクト

結局8時間かけてダカールのホテルにたどり着き、
お医者さんにホテルまで来てもらい、注射を打ってもらって
何とか落ち着いた。

そこから後半の日程はひたすらホテルのベッドの中・・。
何をしに行ったのだか・・。本当に申し訳ない。

でも、胃腸炎になってから私の中のテーマは完全に「医療」になった。
あの状態で、近くに病院がなく、歩いて行けと言われたら?
病院に着いても長時間待たされて全然診療してもらえなかったら?
もらった薬の期限が切れていて効かなかったら?

ありえない。辛すぎる。
けれど、それは実際にありうることだった。

そこで、セネガルで行われている医療関係のプロジェクトについて
私は調べることにした。(ホテルの中で、電話取材を敢行)

受付
まずは「5Sプロジェクト」という
ティエスの病院で取り入れられているプロジェクトのお話。

5SというのはSから始まる5つのワード。
「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「しつけ」
お金をかけて大きな医療機器を買うというのではなく
この5つを取り入れることによって、医療の現場を改善しようというもの。

薬品棚の整頓
まず「整理」これは「いらないものを捨てる。
何となくとってあるような書類や機械も整理する。」ということ。

以前の病院は「もったいないから」と期限の切れた古い薬も捨てずに置いてあった。
けれど、それは置いておいても効かないし、意味がない。
というわけで、まずは必要なものだけを残すようにする。

カルテの整頓
そして、次に「整頓」。「残ったものをきれいに並べる」。
これまではぐちゃぐちゃに置いてあったカルテ。
以前はその中から、毎回患者さんのを探すので診察までに時間がかかって仕方なかった。
これをちゃんと前回いつ来たのか。によって分け、
整頓することで待合時間は大幅に短縮され患者さんはとても喜んでいるとか。

そして、残した薬にもちゃんとラベルを貼って、棚に管理。
そうすることで、どれくらいのこっていて、いつ補充するのかが一目でわかり、
薬を切らすこともなくなったそう。

電気ゴミ箱の表示
そして病院を「清掃」して綺麗にする。
入った瞬間、異臭がするような不衛生な病院もあるらしいのだけど、
そんなところで看てもらうなんてぞっとする・・。

そして、その「清掃」した後の状態をキープ、常に「清潔」にしておく。

5S委員会メンバー
最後は「しつけ」ここまでに出てきた4つのSをいつも継続してやること。
きちんとルールを作って、新しく入った人も実践できるようにしておく。

手作りのファイルボックスで整頓
この5つのSを取り入れることで、お金をかけずにこの病院の状態は劇的に改善された。
日本では当たり前にやっていることだけど、こういう小さなことが
いかに全体のクオリティを作っているのかを知る。

ちなみにこの5Sというのは元々トヨタがやっていた、
いかに効率よく生産性をあげるかというプロジェクトを応用したものらしい。

鍵の整頓
医療現場の人たちは患者さんを助けたいという思いで来ていても、
物が無くて思うように診療できなかったり、
お給料が全然あがらなかったり。
そんな中で他の方法でモチベーションをあげたのがこのプロジェクトだった。

これが入ることによって患者さんたちの満足度はもちろんのこと
現場のスタッフたちも活き活き働くようになった。
自分たちの環境もぐっと働きやすくなったのだ。

手作りのファイルボックスで整頓2
手作りのファイルを作って、書類を整理したり。
みんな「5S」「5S」と言って、このプロジェクトが来てからの
変化についてとても嬉しそうに語ってくれた。

お金をたくさん使ったり、機械に投資するのではなくて、
「人に力をつける」JICAらしいこんなサポートのあり方が私はとても好きだ。

インシャーラ

?????
胃腸炎で苦しんでいる時に、私の頭の中を何度も流れていった言葉がある。
「インシャーラ」(全ては神の意思)

こっちの人はよくこの言葉を口にする。
雨が降ったら「インシャーラ」。
何か災難が起こってもインシャーラ。
神がやったことだから、と誰かのせいにして責めたりしない。
受け入れる姿勢があるのだ。

病気も「インシャーラ」だから、と予防をしなかったり、
ミュージシャンになりたい人でもチャンスはアッラーがくれるから、と
努力をしなかったり、時にそれはマイナスに働くこともある。

日本人スタッフは「遅刻して怒るとインシャーラと返ってきて、
何でもこれで片付けようとするんだよー!」と、よくネタにして言っていたけれど、
私はあのとき、この言葉に救われたような気がする。

下痢と嘔吐と発熱に苦しみながら、首都までの8時間の道のり、
心の中でふとインシャーラと唱えてみた。

するとそれまで、「あのサラダが良くなかったのかな?」
「それとも、あのジュースか?」と過去ばかり振り返って原因を探っていたのが
「全ては神の意思。じゃあ、なぜこんなことが起こってるんだろう?
『一緒についてくれてるスタッフさんたちの優しさをちゃんと知るためだったのかも。
ちゃんと感謝しなくては』とか、
『現地の人が体調を崩したときはこんなに辛いんだということを知るためだったのかも。
だったら、それを改善するプロジェクトについて伝えなくては』」と、
未来に向かって考えることができるようになった。

この土地の人々は自分の力ではどうにもならないことが、きっと私たちよりずっと多い。
インシャーラというのは、ひとつ生きる知恵だったのかもしれない。
それでも前に進むために。

そんなことに気づくこともきっとインシャーラ。
胃腸炎で苦しむことにもきっと意味があったと思わせてくれたのは他でもないこの言葉だった。

気づいたことは

順調だった取材はここまで。
次の日、朝から私はお腹を下し、車の中では横になって次の目的地へ向かうことに。
その日はとても楽しみにしていた現地ラジオ局を見学とインタビュー収録
という使命があったのだけど、体調はどんどん悪くなるばかり。

下痢どころか、嘔吐と発熱まで加わり、もう何が何かもわからない状態。
水を飲むだけでも吐いてしまい、飲まないと喉はカラカラ脱水症状になりそうに。
あまりもひどいので途中の取材行程は取りやめにして
首都ダカールへ戻ってお医者さんに看てもらうことになった。

DSC_0004_20120930221555.jpg
ダカールまでの7時間の道。
意識が朦朧とする中で、ずっと思ってた。
「あぁ、確実なものなんて本当は何もないんだな」って。

日本にいると気がつきにくいけど。
明日、事故に遭うかもしれないし、それこそ病気にかかるかもしれない。
震災の後、そのことを嫌というほど感じたはずだったのに。

来年の今ごろ、今と全く変わらず同じ毎日を送れている保証なんて
本当はどこにもない。

ある時、セネガルでは冷蔵庫が必要ないって言われた。
こんな暑い国で何で?って思っていたら、
魚でも野菜でも何でも、お母さんたちはその日食べる分だけを
小さく切ってもらって買って作るからなんだって。
この国の人たちは私たちよりきっとずっとそのことをわかってる。
私はというと来年の手帳を使いながら、予定ばかり立てて
ずっと先の未来を生きているような気になっている。

でもその未来が確実でないのだとしたら?
後悔することばかり。

その未来が確実でないのだとしたら?
今日の行動はきっと変わってくる。

帰国後「大丈夫だった?」の母からのメールにすぐに電話を返した。
いつもだったらメールで返信してたと思う。
今、話せる時にちゃんと声を聞くこと。
会えるうちに会うということ。
だからこそ、かける言葉を選ぶということ。
きっとそういうことだ。

そんなことを書いていると、パソコンのiTunesからは
ケツメイシの「君とつくる未来」
今が変われば未来が変わる・・って。
私の未来も今この瞬間にきっとちょっと変わったんだろう。

環境の授業

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夕方は午前中清掃活動をやっていた林田さんが環境の授業をするという
「女性と子どものための施設」というところへ見学へ行った。

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授業はとても趣向がこらしてあって、
子どもたちに首から鳥や水や、魚の絵をかけて、
その役割を演じてもらい、それぞれ紐でつないで、
水が汚れるとどうなってしまうのかを伝える授業。

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年齢の幅が広く、全員の興味をひくのは難しいはずなのに、
みんな真剣そのもの。

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林田さんが何か質問すると、この手の挙がりよう!
ちなみに発表する時は指を鳴らしながら手を挙げるので、
指を鳴らせない私はセネガルの授業ではいつまでたっても発表できないな、
なんて考えてしまった。

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ゲンダールへ行ったとき、あんなに絵になる風景なのに、
浜辺にたくさんゴミが落ちていることが何よりもったいなかった。
この子たちの行動がここで変わったなら、
明日のこの町は、10年後のこの町はきっと違う風景なんだろう。
真剣な子どもたちの目を見て、この授業の大切さを想った。

ゲンダールの案内人

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ゲンダールを案内してくれたのは協力隊員の常陸奈緒子さん。
サンルイの図書館での活動の他、
ゲンダールの水産局に入り、水産加工場の工場にも務めている。

海沿いにあるゲンダールでは魚が現金収入源。
漁に出るのは男たちだけど、それを加工したり、
売ったりするのは女性の役目。

でも、文字が読めなかったり、計算ができない女性たちは
安く買い叩かれてしまうこともしばしば。
そこで協同組合を作り、適正な価格で買い取ってもらえるようにしたのだとか。

水産加工場の引っ越しの際には、
水産局にお金を出してほしいという地元の人たちと
自分たちで何とかしろという水産局の間に板挟みになることもあったけど、
水産局がこの設備は出すから、残りは自分たちでという風に
何とか切り抜けてきたのだという。

大変なこともきっとたくさんあっただろうけれど、
マルシェを歩けば、八百屋さんや、日用品屋さんや、布屋さん・・
みんな彼女に声をかけ、仲良さそうに話していた。
もうすっかり町の人だ。

こんな風にすっと町に馴染んだ彼女だからこそ、
できたことがきっとたくさんあったのだと思った。
プロフィール

utsugimaika

Author:utsugimaika
・ラジオDJ
・チャイルドボディセラピスト
・JICA中部なごや地球ひろば 
 オフィシャルサポーター
・Supporter's Support代表
・コップなごや水基金 コーデュネーター
・なんとかしなきゃ!プロジェクト メンバー
・フェアトレードタウンなごや推進委員
 
                  など

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