渡波小学校 1

miyagi (5)
週末は宮城に行っていました。
ここからしばらくそのレポート書いていきますね!
まず、石巻では現在避難所になっている渡波小学校へ行ってきました。

miyagi (6)
ここは今もう学校としての機能はしておらず、毎朝六台のバスがやってきて、
子供たちと先生は近隣の2校で間借りした部屋で授業をやっているのだそう。

miyagi (47)
ここで活動しているのは元青年海外協力隊のOB・OGたちです。

sugano.jpg
中心人物がこちら菅野さん。
三月の間、名取で活動していた彼は四月の頭からここに入り、
それから4ヶ月ここに居続けています。
なんと住民票も移したのだそう!

「すごいですね」と言うと
「やるんだったらそれくらいちゃんと腰を据えてやらないと」と笑顔で返ってきました。
そんな彼は協力隊員時代はガーナで村長にまでなったのだと言います。

根付くというよりむしろ居づく。

彼の精神は当時から変わっていないようです。
協力隊員時代に培ったことが、今回、復興支援という現場で
かなり活かされたということで今回はそんな視点から
一つひとつ活動をご紹介していきたいと思います。

miyagi (11)
まずは炊き出し。これはここに入ってからすぐに始めたそう。
最初はこの部屋も泥が入り込んでいたため外でやっていたのだけど、
泥かきを終えてからは中で調理をしています。

miyagi (21)
電気も最初は無かったので、電気技師の元協力隊員を呼んで
外から配線を持ってきて電気を繋いでもらったそう。
普通、電気屋さんはこういうの嫌がるので、こういうところも元協力隊員ならでは。

miyagi (17)
厨房にはそんな電気技師の隊員のヘルメットが帰る前に書いた
メッセージと共に置かれていました。

miyagi (12)
また、メニューも最初から栄養士の隊員が作っているので、
栄養バランスがとても良いそう。

事実、自衛隊が入って来た時も、
こんなに色んな食材を使ってバランス良くて美味しい炊き出しはすごい!
と驚いていたのだと言います。

そしてまたその量がすごい。
普通避難所では200食くらい、自衛隊でも800食を作れるくらいの所を
この避難所ではスタッフ10人程度にも関わらず、多い時で1500~2000食作っていて
こちらも「信じられない!」と、一度来た自衛隊の方も、
「ここは入らなくて大丈夫です」と帰っていかれたのだと言います。

miyagi (15)
なぜ、そんなことが可能だったんですか?と問えば
「避難されてる方たちを巻き込んで一緒にやってもらってましたから」と。

「私たちはいつかいなくなる。
その時に地元の人たちだけでやっていける仕組み作りをする。
自立のお手伝いをやっているだけなんです。
何かを持って来て与えるだけというのでは決してないんです」

それは去年行ったエチオピアとルワンダで隊員の方が言っていた言葉と
全く同じでした。地元の人に力を付けてもらうこと。そこなんですね。

miyagi (14)
「これから先みんな仮設住宅に入っていく。
そうすると、四ヶ月、五ヶ月料理を作らずに炊き出しをもらうだけだったお母さん達は
仮設に入ってキッチンがあっても作れなくなるんです。
コンビニのものを、買ってこようとか。炊き出しのをもらおうとか。
自分で作るということをしなくなってしまう。
そうはなってほしくないんです。

それにここにいる間も外から来た人が作ったものというのと、
仲間が作っているものというのではやっぱり違う」という菅野さん。

そういえば、二ヶ月前に気仙沼に行った時に出会った若いお母さんは
「これから仮設に入るんだけど、
そうなったら炊き出しがもらえなくなるから困るんです」
と言っていたのを思いだしました。

その時はその一言に違和感はなかったけど、
今考えるとそういうことだったんですね。

miyagi (13)
そこで、避難所を卒業する時には
調味料30品を一世帯1セットプレゼントというのも始めたのだそう。

「仮設には最低鍋や包丁のような物はあるんですよ。
さすがに砂糖や塩を舐めて暮らす訳にはいかないんで
調理器具と調味料があれば何か作ろうかなって
思ってもらえるんじゃないかと思って」と菅野さんは言います。

「そうは言っても食材のお金はやっぱりかかるので、
長野から野菜が届く度に朝市を開いて安く提供するようにしているんです。
付近のお店のこともあるので、無料配布ではなく二週間に一度、本当に安い価格で」

miyagi (18)
そして菅野さんはこんな風にも語ってくれました。

「避難所で終わらせるつもりはないんです。
ここを次のステップの為の一つの入り口にしてもらいたい。」

miyagi (19)
事実、お母さんたちの中の一人は
今月食品管理衛生士の資格を取る予定で
ゆくゆくはお弁当屋さんか配膳屋さんとして独立することを考えているのだそう。

miyagi (9)
また、今ではこの炊き出しの作業、
お母さんたちには有償の仕事としてやってもらっています。

その名も「レストラン はまなす」
渡波で親しんできた長浜海岸は震災でダメージを受けたけど、
いつか「みんなの故郷 はまなすライン」をよみがえらせたい!
そんな思いから付けられたのだそうです。

miyagi (8)
またお母さん達は自主運営組織を作り
「わたのはスマイル」というグッズも作って売っていて、
雇用を生み出す仕組みも出来ています。
(デサインは作家の犬飼ともさん)

miyagi (7)
「仕事というのはお金を稼ぐ以上の意味があるんです。
家も家族もない。この先どうやっていったらいいんだろう、と
先が真っ暗に思えている時に、仕事もない、何もすることがないというのだと、
人間悪いことばっかり考えちゃうんです。
でも仕事に集中することができたら、そんなこと考える隙はなくなる。

それに責任を持つということもとても大事ですよね。
自分というものが社会に必要とされているという存在意義が見えてくると
それで自分を取り戻すことができる。

それからやはり、お金が入るということも重要です。
そのお金で何か子どもに買ってあげよう。
もっと他の仕事もしてそのうちまた家を買いたい。
そんな風にどんどん前向きに未来を作ることを考えられるようになります。
大きく言えば生きる希望になるんです」

「そして20人がこんな風に前向きに変わるということの影響もまた大きいのです。
そういう人を周りの人は見ている。
『あの人最近明るくなったな。私もああなれるかも』っていう意識に変わってくる。
良い循環ですよね。」

miyagi (121)
今週はそんな「ワタノハスマイル バッジ」を番組内で
毎日3名の方にマイカからの残暑見舞い状を添えてプレゼントしています。
リクエストぜひ送ってくださいね。

ワタママからのスマイルとパワーがそこにも届きますように。
スポンサーサイト
プロフィール

utsugimaika

Author:utsugimaika
・ラジオDJ
・チャイルドボディセラピスト
・JICA中部なごや地球ひろば 
 オフィシャルサポーター
・Supporter's Support代表
・コップなごや水基金 コーデュネーター
・なんとかしなきゃ!プロジェクト メンバー
・フェアトレードタウンなごや推進委員
 
                  など

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク