気づいたことは

順調だった取材はここまで。
次の日、朝から私はお腹を下し、車の中では横になって次の目的地へ向かうことに。
その日はとても楽しみにしていた現地ラジオ局を見学とインタビュー収録
という使命があったのだけど、体調はどんどん悪くなるばかり。

下痢どころか、嘔吐と発熱まで加わり、もう何が何かもわからない状態。
水を飲むだけでも吐いてしまい、飲まないと喉はカラカラ脱水症状になりそうに。
あまりもひどいので途中の取材行程は取りやめにして
首都ダカールへ戻ってお医者さんに看てもらうことになった。

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ダカールまでの7時間の道。
意識が朦朧とする中で、ずっと思ってた。
「あぁ、確実なものなんて本当は何もないんだな」って。

日本にいると気がつきにくいけど。
明日、事故に遭うかもしれないし、それこそ病気にかかるかもしれない。
震災の後、そのことを嫌というほど感じたはずだったのに。

来年の今ごろ、今と全く変わらず同じ毎日を送れている保証なんて
本当はどこにもない。

ある時、セネガルでは冷蔵庫が必要ないって言われた。
こんな暑い国で何で?って思っていたら、
魚でも野菜でも何でも、お母さんたちはその日食べる分だけを
小さく切ってもらって買って作るからなんだって。
この国の人たちは私たちよりきっとずっとそのことをわかってる。
私はというと来年の手帳を使いながら、予定ばかり立てて
ずっと先の未来を生きているような気になっている。

でもその未来が確実でないのだとしたら?
後悔することばかり。

その未来が確実でないのだとしたら?
今日の行動はきっと変わってくる。

帰国後「大丈夫だった?」の母からのメールにすぐに電話を返した。
いつもだったらメールで返信してたと思う。
今、話せる時にちゃんと声を聞くこと。
会えるうちに会うということ。
だからこそ、かける言葉を選ぶということ。
きっとそういうことだ。

そんなことを書いていると、パソコンのiTunesからは
ケツメイシの「君とつくる未来」
今が変われば未来が変わる・・って。
私の未来も今この瞬間にきっとちょっと変わったんだろう。
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環境の授業

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夕方は午前中清掃活動をやっていた林田さんが環境の授業をするという
「女性と子どものための施設」というところへ見学へ行った。

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授業はとても趣向がこらしてあって、
子どもたちに首から鳥や水や、魚の絵をかけて、
その役割を演じてもらい、それぞれ紐でつないで、
水が汚れるとどうなってしまうのかを伝える授業。

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年齢の幅が広く、全員の興味をひくのは難しいはずなのに、
みんな真剣そのもの。

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林田さんが何か質問すると、この手の挙がりよう!
ちなみに発表する時は指を鳴らしながら手を挙げるので、
指を鳴らせない私はセネガルの授業ではいつまでたっても発表できないな、
なんて考えてしまった。

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ゲンダールへ行ったとき、あんなに絵になる風景なのに、
浜辺にたくさんゴミが落ちていることが何よりもったいなかった。
この子たちの行動がここで変わったなら、
明日のこの町は、10年後のこの町はきっと違う風景なんだろう。
真剣な子どもたちの目を見て、この授業の大切さを想った。

ゲンダールの案内人

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ゲンダールを案内してくれたのは協力隊員の常陸奈緒子さん。
サンルイの図書館での活動の他、
ゲンダールの水産局に入り、水産加工場の工場にも務めている。

海沿いにあるゲンダールでは魚が現金収入源。
漁に出るのは男たちだけど、それを加工したり、
売ったりするのは女性の役目。

でも、文字が読めなかったり、計算ができない女性たちは
安く買い叩かれてしまうこともしばしば。
そこで協同組合を作り、適正な価格で買い取ってもらえるようにしたのだとか。

水産加工場の引っ越しの際には、
水産局にお金を出してほしいという地元の人たちと
自分たちで何とかしろという水産局の間に板挟みになることもあったけど、
水産局がこの設備は出すから、残りは自分たちでという風に
何とか切り抜けてきたのだという。

大変なこともきっとたくさんあっただろうけれど、
マルシェを歩けば、八百屋さんや、日用品屋さんや、布屋さん・・
みんな彼女に声をかけ、仲良さそうに話していた。
もうすっかり町の人だ。

こんな風にすっと町に馴染んだ彼女だからこそ、
できたことがきっとたくさんあったのだと思った。

サンルイ

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世界遺産にもなっているサンルイの街は、
フランスが植民地時代に建てた建物の名残があり、
そこにセネガルの文化も混じっているのでとてもオシャレ。

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何を撮ってもこの街は絵になる。

ゲンダール3

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タマと呼ばれる太鼓を叩きながらお祭りの寄付を集める男の子たち。

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ここではこんなタマと呼ばれる太鼓をよく見る。

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そうそう、セネガルのとっても大切なテランガという文化について紹介してなかった。
「テランガ」それはおもてなしの心。

昼ご飯を一日のうちで一番のメインにしているセネガルでは
少し仲良くなると「昼ご飯、食べて行け〜」とよくもてなされるのだという。
村の人にとって白米はとても貴重で、自分たちはくず米を食べていても
お客さんが来た時にはお客さんには白米をたくさん出してくれるそう。

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おなじみチェブジェンをこんなに大きなお皿に盛って
それをみんなで取り囲んで食べるのが普通。

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村を歩いていると、あちらこちらでこんな風景が。
「写真撮らせて」と言うと「いいよ。ご飯も食べてく?」と返ってきた。
なんて素敵な文化なんだろう。

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その隣でミシンかけの仕事をする少年。

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布があんまり素敵でマーケットでは布を大量購入。

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帰りはせっかくなので船に乗って対岸のサンルイへ戻ろう。
地元の人も普通に使うので20円くらいで向こう岸まで行ける。
とても快適だった。

プロフィール

utsugimaika

Author:utsugimaika
・ラジオDJ
・チャイルドボディセラピスト
・JICA中部なごや地球ひろば 
 オフィシャルサポーター
・Supporter's Support代表
・コップなごや水基金 コーデュネーター
・なんとかしなきゃ!プロジェクト メンバー
・フェアトレードタウンなごや推進委員
 
                  など

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